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台湾の「自由」が際立つ 中国不在の第56回金馬奨

2019/12/11 06:51
授賞式終了後、プレスルームでメディアの質問に答えるアン・リー監督
授賞式終了後、プレスルームでメディアの質問に答えるアン・リー監督

中国作品の不在という異例の事態となった今年の金馬奨。それとは対照的に、台湾という土地や金馬奨の「自由」が際立ったように感じられた。

▽同性愛扱った作品が多数ノミネート バラエティーに富む内容

 ノミネート作品を眺めてみると、同性愛を題材にした作品が多く目についた。作品賞候補の「叔・叔」のほか、短編作品賞にノミネートされた「偷偷」、「蒼天少年藍」、2部門に名を連ねた「我的靈魂是愛做的」などはいずれも、男性同士の恋愛を描いた作品だ。だが一言で男性同士の恋愛といっても、それぞれの作品の主人公の年代は、少年からシニアまで異なり、描かれる問題もそれぞれ違う。特に「叔・叔」は、70代男性の恋を描き、高齢の同性愛者が抱える問題にも切り込んだ。

 同性愛を中心的なテーマとしていなくても、「灼人秘密」や「大餓」などLGBT(性的少数者)の要素が盛り込まれた作品も散見された。短編アニメ「可愛」では抽象的な作風で同性愛者を取り巻く環境が表現された。また、短編作品の上映では、「虹色之後」と題した特集上映が組まれ、ノミネート作2作を含む4作が上映された。

 台湾では今年5月、同性婚を認める特別法が施行され、アジアで初めて同性婚が合法化された。台湾を代表する映画賞にLGBTを扱った作品がこれほど多くノミネートされたことは、多元的で平等な社会を目指し、「自由」を重んじる台湾の風土を如実に反映したものではないかと思う。

▽中華圏他国で上映が難しい作品の受け皿としての価値

 マレーシアの寄宿学校で暮らす少年同士の恋を題材にした「蒼天少年藍」のリム・クァンヒン(林峻賢)監督は同作上映後のQ&Aで、マレーシアでは男性同士の同性愛行為は違法とされているため、同作をマレーシアで一般公開するのは難しいと語った。

 マレーシアの民族間衝突事件「513事件」を扱ったドキュメンタリー「還有一些樹」のリャオ・カーファ(廖克発)監督も同様に、マレーシアでの公開は困難だと明かした。

 中華圏には、映画の検閲制度によって表現の自由を制限している国・地域もある。中国もその一つだ。昨年の金馬奨で作品賞を受賞した中国映画「象は静かに座っている」(大象席地而坐)はその風刺的な内容から、中国国内での上映は禁止されている。

 本国では上映できない、あるいは正当に評価されにくい作品にとって、金馬奨には受け皿的な役割があると感じる。映画祭は世界各国で開催されているが、華人や中国語映画のための映画賞である金馬奨で評価されることは、中華圏の映画人にとっては大きな意義があるのではないか。

▽金馬奨と中国映画

 金馬奨の歴史を振り返ってみると、中国大陸の作品の応募が認められるようになったのは1996年の第33回からだ。1962年の創設当初は国内の作品のみを対象としていたのが、徐々に門戸を開き、中華圏を代表する映画賞になったという経緯がある。現在は(1)セリフの2分の1以上が華語(方言含む)(2)監督が華人、かつその他の主要スタッフの半数以上が華人―の2つの条件のいずれかを満たせばよく、国籍は問われない。

 政治の影響によって、中国の映画人が金馬奨に参加する機会を奪われただけでなく、台湾の映画ファンも、中国の良質な作品をスクリーンで見る貴重な機会を奪われた。台湾では法令により、劇場公開が許可される中国映画は年10本に制限されている(金馬奨で長編フィクション作品賞と監督賞を受賞した作品は例外)。抽選で選ばれるため、中国の話題作でも台湾で見られるとは限らない。近年の話題作では、チェン・カイコー監督の日中合作映画「空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎」(妖貓傳、中国で2017年12月公開)などは台湾では上映されていない。

 閉会後、プレスルームでは金馬実行委員会主席を務める台湾の映画監督、アン・リー(李安)に対し、「中国のボイコットは金馬奨にとって損失ではないか」との質問が飛んだ。この海外メディアの記者は当初、英語で質問をしたのだが、実行委員会の聞天祥執行長(CEO)が「あなたの質問はひどい」とあからさまに非難したり、会場から「英語がわからない」と揶揄するような声が上がったりするなど、それまで和やかだった会場に一瞬にして緊張した空気が漂った。この問題がいかにセンシティブなのかを感じさせた。 リー監督は質問に対し、「損失はもちろん損失」としながらも、「でも最高賞の作品が例年よりレベルが低かったとは思わない」と言及。「不参加者がいたのはもちろん残念だが、われわれの両手は開いたままだ。中国語を話す監督でさえすれば、われわれは歓迎する」と述べ、寛容さをみせた。

 リー監督の言うように、今年の金馬奨には例年同様、素晴らしい作品が多数ラインナップされた。だが、単純に一映画ファンとしては、中国映画も見たかったし、中国と台湾のスターや映画人が一堂に会し、レッドカーペットや授賞式に顔を揃える光景を見たかった。金馬奨は中国と台湾の映画人が交流する大切な場でもある。

 今年の作品賞に「陽光普照」(直訳:太陽は全てを照らす)が選ばれたのは、図らずも中国への皮肉になったように感じる。中国側は今年8月、今回のボイコットについて「中断ではない。一時的な見送り」(国務院台湾事務弁公室)とする一方、復帰の時期については回答を控えた。さらに、近年は2年に1度実施していた中国の映画賞「金鶏奨」が今年からは毎年開催することも発表された。来年の金馬奨に中国作品が戻ってくるのかは未知数だ。金馬奨が例年のような姿に戻ることを願ってやまない。(名切千絵) 

<中国の金馬奨ボイコット>

 中国の国家電影局の機関紙は8月7日、中国の映画や関係者が同賞の参加を見合わせると発表。今年の作品の応募は7月31日までに全て締め切られていたため、中国や香港の作品の応募取り下げが相次いだ。9月には審査団主席(審査委員長)の就任が発表されていた香港人監督、ジョニー・トー(杜琪峰)氏の就任辞退が発表され、その後、メインスポンサーに名を連ねていたイタリアの高級車メーカー、マセラティのスポンサー降板も明らかになった。

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 中国のボイコットの直接的な発端と考えられるのは、2018年の授賞式で出た「一つの中国」を巡る発言だ。台湾の映画監督、フー・ユー(傅楡)監督がドキュメンタリー作品賞の受賞スピーチで「われわれの国家が真の独立した個体としてみなされることを願う」と述べた後、これに反論するかのように、主演女優賞のプレゼンターを務めた中国の俳優トゥー・メン(ト們)が「再び『中国台湾』金馬奨に来られたことを光栄に思う」などと発言。式典後に開かれた公式パーティーには、中国の俳優、監督らの欠席が相次いだ。(ト=さんずいに余)

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 ボイコットは「リスク回避」との見方が専門家からは出ている。中国の映画関係者は今年8月、取材に対し、台湾の総統選挙を来年1月に控え、舞台上で政治的な発言が飛び交うことで台湾人の反中感情が高まるのを警戒した上での措置ではないかとの見解を示した。

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