(基隆中央社)約1千人の犠牲者を出した大型客船「太平輪」の沈没事故から72年となる27日、記念碑がある北部・基隆市で追悼式が開かれた。同市が進める都市再生計画によって、同地を含む周辺地域は年内にも、広域文化パーク「沙湾歴史文化園区」となる予定。式典に出席した林右昌(りんゆうしょう)市長は、歴史の現場や空間を再現することで、若い人々に歴史を再認識してもらいたいと意気込みを語った。
太平輪は1949年1月27日、中国・上海から基隆に向かう航海途中で貨物船と衝突し、東シナ海に沈んだ。基隆港の海軍基地内に記念碑が建てられたが、自由に出入りすることが許されなかったため、遺族や文化部(文化省)、基隆市、国防部(国防省)などが調整を重ね、2017年に基地外の小公園として一般公開された。
同市文化局によれば、同市はその後、市内の文化財の修復や歴史空間の再現を都市計画と結び付けたプロジェクトを始動。記念碑がある基隆港周辺も対象地域の一つとなり、これまでに日本統治時代に建てられた「基隆要塞司令官邸」や「基隆要塞司令部校官眷舎」が相次いで修復された。清仏戦争の戦場跡に残る「大沙湾石囲遺構」や清仏戦争記念園区(フランス公墓)の再整備も進められており、地域全体が歴史を伝える文化パークとして生まれ変わる。
計画を主導する文化部の彭俊亨(ほうしゅんきょう)政務次長は、文化財を個別に修復・保存するこれまでの概念を打ち破るものだと強調し、来年の同日には太平輪の記念碑が計画を代表するスポットになっているだろうと期待を示した。
(王朝鈺/編集:塚越西穂)