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  • 社会

昭和一桁生まれの「国産ワクチンの父」 李慶雲氏が死去/台湾

2021/06/11 18:56
「国産ワクチンの父」と呼ばれる李慶雲氏(中央手前)。自身の伝記の発表会で=2020年1月

「国産ワクチンの父」と呼ばれる李慶雲氏(中央手前)。自身の伝記の発表会で=2020年1月

(台北中央社)ウイルスとワクチンの研究に半世紀以上の歳月を費やし、「国産ワクチンの父」と呼ばれる李慶雲(りけいうん)台湾大学医学部小児科名誉教授が11日未明、死去した。

李氏は日本統治時代の1928(昭和3)年、南部・高雄で生まれた。53年に台湾大学医学部を卒業後、台湾大学附属病院の小児科医となった。日本脳炎や小児まひなどが流行するたび、小児病棟に患者があふれかえるのを目の当たりにして、ワクチンの必要性を実感。ワクチン開発を生涯の目標に掲げた。

その後研究に没頭した李氏は、麻しんワクチンや日本脳炎ワクチンを相次いで開発し、国産ワクチンの第一人者となった。研究熱心さを伝えるエピソードとして、完成したばかりのワクチンを、副反応などを恐れずに自分の娘や息子に率先して接種した“武勇伝”が伝わっている。

昨年1月に出版された李氏の伝記を執筆した同病院の呂俊毅医師によれば、李氏は近年、脳卒中を発症し、健康を損ねていたものの、先ごろ会った時には元気そうで、新型コロナウイルスの報道に心を痛めていたという。

(江慧珺/編集:塚越西穂)


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