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  • コラム

八田与一ゆかりの烏山頭ダム 日本統治時代の面影感じる/台湾

2018/05/18 06:15

南部・台南市の烏山頭ダムは、日本統治時代に日本人水利技師の八田与一が設計したダムとして知られる。ダムのそばには八田やその他ダム建設に関わった幹部が暮らした邸宅が復元、修復され、「八田与一記念園区」として整備されている。

八田は、中部から南部の複数の行政区にまたがるかんがい施設、嘉南大シュウの建設に尽力したことで知られる。かつて嘉南平原には水利施設が不十分で、農家は洪水や日照りなどに苦しめられていた。嘉南大シュウの完成で環境が改善されたことによって、安定した農作物の生産が可能になり、嘉南平原は不毛の地から沃野(よくや)に生まれ変わった。烏山頭ダムは嘉南大シュウ建設計画の最初の施設として造られた。 (シュウ=土へんに川)

烏山頭ダム風景区内の「八田与一記念園区」にある「八田邸」

烏山頭ダム風景区内の「八田与一記念園区」にある「八田邸」

記念園区の担当者によれば、一帯は日本統治時代、ダム建設に携わる人々が住む宿舎エリアで、日本人、台湾人合わせて2000人ほどが暮らしていたという。

記念園区内にある邸宅は4棟。八田与一の邸宅は復元されたものだが、その他3棟は当時の建物を修復した。現在は週替わりで順番に各邸宅の内部が公開されている。

八田の書斎。担当者によれば、建物の復元では木材の90%にヒノキが使われた。台湾からヒノキを輸出し、日本で加工してから再び台湾に運び込まれたという。

八田の書斎。担当者によれば、建物の復元では木材の90%にヒノキが使われた。台湾からヒノキを輸出し、日本で加工してから再び台湾に運び込まれたという。

記者が訪れた日はちょうど八田宅の公開週で、内部を見ることができた。当時の雰囲気を再現するため、内部には当時の骨董家具が配置されており、かつての生活の様子が垣間見られる。裏庭には池があるのだが、解説員によれば、これは台湾本島の形を模したものだという。八田の台湾への思い入れの強さを感じさせた。

担当者によると、記念園区を訪れる日本人は多く、週末のこの日は夕方までに100人近くの日本人客が来園したという。

八田邸裏庭の台湾の形の池

八田邸裏庭の台湾の形の池

▽日本統治時代建設の烏山頭ダム

烏山頭ダムは1920年に建設工事が始まり、1930年に完成した。現在、ダム一帯は風景区として整備され、散策やキャンプが楽しめる場となっている。

烏山頭ダム。風景区内には八田与一記念園区のほか、八田の銅像もある。風景区の入園料は一般200元(約730円)。

烏山頭ダム。風景区内には八田与一記念園区のほか、八田の銅像もある。風景区の入園料は一般200元(約730円)。

歩道として開放されているダムの堤防ではこの日、風車のイベント「西拉雅水漾風車嘉年華」が開催されており、色鮮やかな風車でダム周辺が彩られていた。

風車があしらわれたトンネル

風車があしらわれたトンネル

主催した交通部(交通省)観光局西拉雅国家風景区管理処によれば、同イベントの開催は今年が初めて。ダムの周辺は強い風が吹くことに目を付け、風車をテーマに選んだのだという。開催は6月10日まで。

ダムの堤防

ダムの堤防

▽ダムの近くには八田夫妻の愛を記念したスポットも

烏山頭ダム風景区そばには、八田与一と妻・外代樹(とよき)夫人の深い夫婦愛を記念したスポットもある。「恋占石」と呼ばれるこの場所は恋人の聖地にもなっており、多くのカップルが恋の成就を願って訪れるという。(名切千絵)

「恋占石」。夕方に訪れると夕日が水路に写り、美しい光景が見られる。石の前には烏山頭ダムの歴史を刻んだプレートが設置されている。

「恋占石」。夕方に訪れると夕日が水路に写り、美しい光景が見られる。石の前には烏山頭ダムの歴史を刻んだプレートが設置されている。

 


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