離島・澎湖で11月19日、「2017菊島澎湖離島横断マラソン」が行われた。同大会は交通部観光局澎湖国家風景区管理処と澎湖県政府が主催するもので、今年初開催。記者は観光局のファムツアー(視察旅行)で、同大会に参加してきた。想像以上の強風に苦しめられたものの、思い出深いマラソン参加経験になった。
▽90の島からなる諸島・澎湖
澎湖は、台湾本島から西に約50キロの場所に位置する諸島で、90の島からなる。春から夏にかけてはマリンスポーツが楽しめ、リゾート地として多くの観光客で賑わう。グルメは新鮮な海鮮のほか、台湾本島ではほとんど見かけないサボテンを使ったジュースやアイス、風茹草と呼ばれる植物で作った「風茹茶」が名物として知られる。マリンスポーツのほかにも、古くから残る建築物や集落、雄大な景色などもあり、秋や冬でも十分に楽しむことができる。
台北の松山空港からは飛行機で約45分。台中、台南、高雄、嘉義からも便が出ている。嘉義や高雄からは船での移動も可能。航行時間は約4時間となっている。
▽「世界で最も美しい湾クラブ」年次総会開催を先駆け初開催澎湖県は2012年には世界の湾の景観保存や観光振興などを目的とする非政府組織(NGO)「世界で最も美しい湾クラブ」(本部、フランス・ヴァンヌ市)に加盟。今大会は、世界で最も美しい湾クラブの年次総会が澎湖で来年開かれるのを前に、盛り上げの一環として開催が決まった。フルマラソンのコースは西側の西嶼をスタートして、2つの島をわたり、澎湖本島の中心部まで戻ってくるというもの。コースの目玉は21キロ地点の手前にある全長約2.5キロの「澎湖跨海大橋」。両手に広がる海を眺めながら走ることができるのが魅力だ。
▽記者は5キロにチャレンジ種目はフルマラソンのほか、ハーフマラソンと5キロが設定された。「澎湖跨海大橋」を走るにはハーフ以上に挑戦する必要がある。記者も橋を走ってみたかったのだが、体力を考慮して最も短距離の5キロを選択することにした。
▽想像以上の強風 参加者に不安の色マラソンの前日にはコースを視察に訪れたのだが、ここで一行は衝撃を受けることになった。観光局の担当者に連れられてまず足を運んだのは、30キロの手前にある永安橋の入り口。バスを降りる前から風の音が聞こえ、すぐそばにある風力発電所の発電風車も勢い良く回っているのを目にしていたため、風が強いだろうとは思っていたものの、実際に外に出てみてびっくり。立っているのもやっとなほどの強風にあおられた。視察団に参加していた日本の外国人招待選手も「体験したことがない風の強さ」とつぶやき、参加者の表情には一様に不安の色が広がった。
▽澎湖の秋冬は強風の季節
観光局の担当者によると、強風の正体は北東の季節風。地理や地形の関係により、毎年中秋節(中秋の名月)あたりから翌年2月まで強風に見舞われやすくなるのだという。澎湖県政府の公式サイトによると、風速10メートル以上の風の出現率は10月から翌年3月までの期間、56%に達する。
▽不安の中で迎えた当日「台風並みの強風が吹く恐れ」という知らせを受けて迎えた当日。スタート地点の「西嶼西台ツーリストセンター」に到着してみると、風の強さは前日ほどではなく一安心。続々と参加者が集まる会場ではスタートを目前に太鼓の演奏なども始まり、徐々に盛り上がりをみせてきた。
「WINNER」の文字を背景に写真撮影をしたり、「アイ・ラブ・澎湖」のタトゥーシールを貼ってお祭り気分を楽しむ参加者の姿も多くみられた。スタート地点ではフルマラソンのスタートを前にセレモニーも。号砲により、ランナーは一斉に駆け出した。▽いよいよスタート記者が出場した5キロは、西嶼西台ツーリストセンターを出て西に進み、「外[土安]餌砲」を通り過ぎてから島西南端にある「漁翁島灯台」で折り返し、往路と同じコースを辿って西嶼西台に戻るというコース。
強風に加え、雨もぱらつくという悪条件の中スタートを切った。このコースは距離は短いものの、実はアップダウンが激しい。幸いにも往路は追い風だったため、坂も比較的楽に走れた。スタートしてしばらくは草原が続くが、坂を登っていくと左手に海が見えてくる。ただ、この日はあいにくの曇り空だったため、美しい海が眺められなかったのは残念だった。そこを進むと再び広大な草原に。建物は一切なく、開放的な気分が味わえた。▽コースには歴史的建造物も2キロほどの地点には、歴史建築に登録されている「外[土安]餌砲」があった。これは日本統治時代、米国の爆撃を誤誘導しようと、日本軍がコンクリートで作った偽物の大砲。2016年に政府により修繕が行われ、展望台などの施設も設置された。
さらに少し走ると、折り返し地点の「漁翁島灯台」が目の前に見えてきた。1875年建造で、国定古蹟に登録されている。灯台やその他の施設は全て白く塗られているが、これは日本統治時代の1915年に塗装されたのだという。ここには給水所が設置され、水やスポーツドリンク、パンなどが提供された。ランナーのために音楽の弾き語りも披露されていた。この後はひたすら戻ってきた道を引き返し、ゴールを目指すのみ。だが、復路は強い向かい風になったため、思うように前に進めない。特に上り坂は辛く、記者のまわりにいたほとんどのランナーは歩いてしまっていた。時には横風が吹くことも。記者は写真を撮りながら走っていたのだが、いきなり突風にあおられ、あやうく足を踏み外しそうになった。一緒に視察ツアーに参加した日本人ランナーの中には、走っている途中に吹き飛ばされ、転んでしまった人もいた。中央気象局の観測データによると、当時の風速は最大で20メートルほどだったという。強風に苦しめられながらも、なんとかゴール。ただ、5キロのゴールにはタイム表示がなく、走り終えたランナーもすぐさまツーリストセンターの中に入っていってしまうために静まり返っており、少し寂しい気持ちを感じた。▽「菊島」ならではのメダル完走者に贈られるメダルには菊のデザインがあしらわれていた。なぜ菊なのだろうと一瞬思ったが、澎湖は別名、「菊島」と呼ばれることに気が付いた。澎湖ではテンニンギクがあちらこちらで見られる。その強い生命力がかつて劣悪な環境の中で土地を切り開いてきた先人の精神と同じであることから、テンニンギクは県の花とされており、このような由来から「菊島」の名が付けられたという。このほか、お土産として澎湖名物の「花生酥」(砕いたピーナッツを麦芽糖などで固めたお菓子)も配られた。ちょうど買って帰ろうと思っていたところだったため、これは嬉しかった。
(後編に続く)