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  • コラム

沖縄の台湾移民テーマにした映画「海の彼方」 監督・出演者インタビュー後編

2016/08/03 18:58

前編は(http://japan.cna.com.tw/news/aart/201608060008.aspx)

中国語版ポスター

中国語版ポスター

◇玉木家との出会い

「家族を選ぶ上で大事だったのは、一つの家族でいろいろなことを語れるということ」(黄)

総勢100人近い玉木家。移民一家としては最大で、孫やひ孫など大勢が一緒に暮らしている上、皆が集まる「アップル青果」という場所があったというのが、玉木家を選ぶポイントになった。また、玉代さんには7人の子供がおり、それぞれが様々な経験を持つ。さらに、3世にはミュージシャンとして活躍する慎吾さんがいたことも決め手になった。だが、一家の撮影は決してスムーズだったわけではないという。

玉代さん(劇中写真)

玉代さん(劇中写真)

黄監督が玉木家で最初に会ったのは玉代さん。第一印象は「怖かった」と苦笑する。

「おばあちゃんは警戒心が強い。『撮影したい、インタビューしたい』って言われたら『いい、いい』と断るタイプ」(慎)

「わたしは一生懸命台湾語を話したのですが、『このおばあさん、インタビューしにくい、ハードルが高い』と思って。最初、台湾系移民の人が集まる雑貨屋で玉代さんと会ったのですが、他の人は親しみやすかったけれど、玉木のおばあさんは難しいと思いました。そのあとも玉木家には自然と行っていないんですよ」(黄)

そんな状況の中、一家と黄監督を結び付けたのは、玉代さんの息子の茂治さん。華僑会の中心的存在の茂治さんと交流を深めるうちに、玉代さんの米寿の誕生会に招かれ、それをきっかけに玉代さんとの距離も近づいた。そして次第に撮影をしてもいい雰囲気になっていったという。

慎吾さん(劇中写真)
1999年石垣のロックバンド「B-SHOP」のベースとしてデビュー、2008年からヘビーメタルバンド「セックスマシンガンズ」(SEX MACHINEGUNS)と「ザ☆メンテナンス」でSHINGO☆(しんごすたー)として活躍。ベースを担当している。

慎吾さん(劇中写真) 1999年石垣のロックバンド「B-SHOP」のベースとしてデビュー、2008年からヘビーメタルバンド「セックスマシンガンズ」(SEX MACHINEGUNS)と「ザ☆メンテナンス」でSHINGO☆(しんごすたー)として活躍。ベースを担当している。

◇初めて知った祖母の過去

移民3世の慎吾さん。台湾とのハーフだということは小さい頃から認識していたが、祖父母の移民の歴史を知ったのは、「八重山の台湾人」を読んでからだという。

「本を読んで衝撃を受けましたね。おばあちゃんはああいう性格なので、(自分が)若い時は口喧嘩をしたりしてたんですね。口うるさくて嫌いになった時期もあって。だけど本を見て、本当に苦労して、生きるか死ぬかですよね。石垣に来るってことも。大変な思いをして石垣に来て、だからこそ僕はここに存在してるんだ。逆に感謝しないといけないのにそういうことを知らないでおばあちゃんに当たったりしていたので、反省もしつつ。ほかの石垣のおじいさん、おばあさんも昔から交流はありましたが、どういう関係なのかは全く知りませんでした。説明されても理解出来なかったと思う。でも本を読むと関係が分かって、それがきっかけで歴史に興味をもつようになりましたね。それまでは全く無かったんですが」(慎)

劇中写真

劇中写真

慎吾さんは玉代さんの里帰りの旅に同行。台湾を訪れるのは実はその時が初めてだったという。それにも関わらず、外の空気を吸った際、不思議な感覚にとらわれた。

「においが印象的でしたね。懐かしいし、『このにおい知ってる』と思って。外なのになんでって思って。おばあちゃんのにおいがする(笑)。おばあちゃんと一緒に住んでるんですけど、おばあちゃんの部屋のにおい。線香とか化粧品とかのにおいなんでしょうね」

◇近くて遠い… 八重山と台湾

タイトルの「海の彼方」には、近くて遠い台湾と石垣の複雑な悲しい歴史に対する思いが込められている。

「台湾と石垣はとても近いですよ。フェリーでも一晩で行ける距離なのに移民にとっては遠い外国。すごく遠い外国の海の彼方。そう考えるととても悲しい。国境の島とも言えるのに、そんなに近いのに(かつては)密入国しないと行けないとか。今でも那覇を経由しないと行けない。とても遠い。でも地図で見るとすごく近い。玉代ばあさんはラジオで台湾の宜蘭地方の台湾語ラジオを聞いています。ラジオの電波が届くほど近いのに行けない。特に無国籍の時は台湾にも帰れないし、日本人としても認められなくて。そういうのを考えると私は海が重要だと思いますね。八重山という島で、すぐ海が見えるのに、台湾に行けない。台湾、石垣、どちらにとっても『海の彼方』ですよ。どちらにとっても遠い」(黄)

劇中写真

劇中写真

◇ドキュメンタリーの社会的責任

昨年、台湾生まれの日本人、いわゆる「湾生」の姿を追ったドキュメンタリー「湾生回家」が台湾で公開され、興行収入3000万台湾元のヒットを記録した。湾生も、「海の彼方」で扱われる台湾移民も、歴史に翻弄されながらも、これまであまり知られていなかった存在だ。黄監督は「ドキュメンタリーの社会的責任はみんながわからないことを発掘して、世の中に出すこと」だと力説する。

「八重山の移民については研究や論文もありますが、どれだけの人に伝わっているかはわからない。一般の人が読むものではないので。ドキュメンタリーは映画という媒体でより多くの人に見てもらうことができます。去年の『湾生回家』もそうですが、それらはみんなが知らないけれど知るべきテーマ。日本人としても、台湾人としても、自分の国の歴史の一つとして、一つの現状として、今まだ存在するけれども長年忘れられてきた人の歴史や運命、どういう経緯でこうなっているのかを伝えるドキュメンタリーは、社会的に必要だと思っています」

劇中写真

劇中写真

◇歴史を「感じてほしい」

「『人』のドキュメンタリーが好き」だと語る黄監督。ドキュメンタリーは知識を得るとともに、いろいろなことを「体験」できるのが魅力だといきいきとした表情を見せる。

「今まで隠されていた歴史を『知らせる』というよりは『感じてもらう』。見て、一緒に旅をして、石垣にそういう人が存在するということを、映画の家族のストーリーに一緒に入って体験できる。それは映画の力であり、魅力ですよね」

台北映画祭世界プレミア上映の様子

台北映画祭世界プレミア上映の様子

台湾の観客の中には、作品を見て自分のおばあさんを思い出したという人もいたという。同作を通じて自分の家族を思い出し、「自分の過去を反省して、未来を改めて考えてくれれば」と監督は作品にかける思いをのぞかせた。

劇中写真

劇中写真

◇野外上映会や講座を開催予定

同作は台湾では9月30日、日本では来年春に公開予定。同作には映画祭版と劇場版の2バージョンがあり、一般公開では劇場版が上映される。映画祭版は家族の旅にスポットを当てているが、劇場版は歴史的な要素がより多く加えられるという。公開を前に、台湾では様々な催しが企画されている。

9月中旬には、石垣から最も近い東部・宜蘭のビーチで野外上映会を実施。上映後には音楽パフォーマンスも予定されており、慎吾さんもステージを披露する。慎吾さんは玉代さんのために作った歌を「台湾語で歌いたい」と意欲的だ。

また、9月から10月にかけて、台北と台中で八重山の台湾人をテーマにした展覧会を開催する。台中を選んだのは、移民の多くが台中や彰化の出身だからだという。さらに、台湾移民だけでなく、沖縄と台湾の交流史など幅広いテーマを設定した講座を台湾各地の大学を中心に、書店やカフェなどでも複数回開く。

観客と交流する黄監督(右)

観客と交流する黄監督(右)

黄インイク監督:台湾・台東市生まれ、現在日本在住。政治大学テレビ放送学科を卒業後、日本に留学し、東京造形大学大学院で映画専攻修士を取得。2010年に「五谷王北街から台北へ」でドキュメンタリーデビューし、これまでに製作した作品は世界各地の映画祭に出品されている。2014年には映画監督の河瀨直美がプロデュースした奈良国際映画祭とジュネーブ芸術大学の共同制作プロジェクトに参加した。「狂山之海」の第2弾「緑の牢獄」、第3弾「両方世界」は現在製作中。

※画像は全て木林映画提供

(名切千絵)


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