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  • 社会

骨董市で出会った戦時中のはがき 台湾の中学生、日本の送り主見つける

2019/10/06 19:27
梁睿シンさん=学校の教師提供

梁睿シンさん=学校の教師提供

(台北中央社)「大変暑いが諸君元気か」――日本語のこんな書き出しから始まっている一枚のはがき。中部・台中市の中学3年生、梁睿シンさんが今年初めに、隣町の骨董市で見つけたものだ。歴史が大好きで日本語を学んでおり、はがきの送り主を探し出せればと願った梁さん。大きな期待はしていなかったが、6月になって差出人の妻から手紙が届いた。「とても信じられなかった」と梁さんは感激を示す。(シン=ごんべんに甚)

古い硬貨や切手などを集めるのが趣味で、いつものように骨董市に出かけていた。顔見知りの古物商から声を掛けられ物色していると、崩れた書体で書かれたはがきの中に、子供が書いたとみられるものが混じっていた。一文字一文字がはっきり読めるのに興味を引かれ、よく見てみると戦時中である1943(昭和18)年の消印だった。「当時の子どもたちはどんな生活を送っていたんだろう」。購入したが、引き出しの奥にしまってからは特に取り出すことはなかった。

転機となったのは、図書館で借りた本。日本統治下の台湾で教師をしていた日本人女性が台湾の教え子に宛てた手紙を届けようと、台湾の郵便局員らが奔走する実話を描いた「この手紙、とどけ!」を読み感動。はがきのことを思い出し、自身も送り主を探したいと考えた。消印には「西陣」とあったことから京都から送られたものだと推察。地図と照らし合わせながら、宛先にある「国民学校」が現在の京都教育大学附属京都小中学校だと分かった。差出人は卒業生で、同窓生に送ったはがきだとみられる。自身が通う学校の日本語教師の協力の下、同校と連絡を取った。

約3週間後、差出人が見つかったと同校から知らせがあった。本人は残念ながらすでに他界していたが、はがきを受け取った妻の和田恭さんから梁さんに手紙が送られてきた。「本当にありがとう。生きていればどんなにか喜んで、お返事が出来た事でしょうに…」。梁さんへの感謝の言葉と共に、はがきに同封されていた梁さんの当時の生活に関する質問への返答が、A4用紙2枚余りにわたってつづられていた。

手紙を手にした瞬間、喜びの実感が湧いたという梁さん。「興奮した。とても信じられなかった」。今回の体験を書き記した作文は市のコンクールの散文部門で2位に輝いた。

和田さんから当時の話を手紙で聞いたことで、歴史の理解にも役立ったと話す。授業では、戦前や戦時中の歴史について抽象的な事実しか語られないことに物足りなさを感じていたという。「もっと知りたい」。将来は歴史を専門に学びたいと意欲を燃やす。和田さんからの手紙は大きな励みになったとうれしさをにじませた。

(楊千慧)


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