Menu 戻る
  • 社会

台湾最後の映画看板絵師、謝森山さん 60年間手描きにこだわり今も現役

2018/11/22 12:37
謝森山さん=中華文化総会提供

謝森山さん=中華文化総会提供

(台北 22日 中央社)台湾の非政府組織(NGO)、中華文化総会は昨年から、伝統を守り続ける職人にスポットを当てた3~5分間のドキュメンタリーフィルム「匠人魂」シリーズを制作し、インターネットで公開している。最新作では、約60年のキャリアを持ち、今も現役で活躍する台湾唯一の映画看板絵師、謝森山さんが取り上げられた。

謝さんは1946年、中部・台中で生まれ、北部・桃園で育った。幼少期から手に職を付けて家計を助けたいという気持ちがあり、映画館に掛かる看板を見るうちに映画看板絵師への夢が膨らんでいった。

15歳で広告会社で見習いを始めた。給料も技術指導もなく、師匠に付き従って仕事を手伝いながら自力でテクニックを学び取った。通常であれば全ての技術を習得するのに3~4年を要するとされるが、謝さんは日夜練習に励み、2年で一人前になった。それでも向上心は収まらず、映画館が林立する台北に自転車で行き、たとえ深夜でも懐中電灯を照らして他人が描いた看板に見入ったという。兵役を終えた20歳で、桃園・中レキを拠点に独立した。(レキ=土へんに歴、木を禾に)

1960~80年代の台湾は映画の全盛期で、謝さんは7カ所の映画館で看板や巨大ポスターの製作を手掛ける多忙な日々を過ごした。だが、1986年以降、コンピューター技術が導入された上に、台湾の映画産業も下火になり、昔ながらの映画館は衰退。1つの映画館に複数のスクリーンを持つシネマコンプレックスが主流となって同業者が激減する中、謝さんはかたくなに手描きにこだわった。

現在、謝さんの看板を掲げているのは桃園の映画館「中源大戯院」一館のみ。絵師が自分一人になるとは思ってもみなかったとしながらも、「体力が続く限り描き続け、技術を伝えていきたい」と言葉に力を込めた。

(鄭景ブン/編集:塚越西穂)


Share on Facebook  Share on plurk  Share on twitter  Share by email  Share on Google+  Share on LINE
Top