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  • 社会

100歳目前の台湾の医師、今も後進の育成に尽力

2018/10/29 18:55
高齢ながら、現在も第一線で後進の育成に取り組んでいる医師の楊思標さん(前列右)

高齢ながら、現在も第一線で後進の育成に取り組んでいる医師の楊思標さん(前列右)

(台北 29日 中央社)台湾の医療に大きな貢献をした個人や団体を表彰する「中華民国医療奉献賞」(立法院厚生会主催)の第28回授賞式が27日、台北市内で開かれ、「台湾胸部X線判読の父」と称される元台湾大学医学部附設医院院長の楊思標さんら8人が個人賞を受賞した。楊さんは今年で満98歳。高齢ながら、現在も第一線で後進の育成に取り組んでいる。

楊さんは日本統治時代の1920年、北部・新竹生まれ。新潟医科大学(現新潟大医学部)医学博士。18歳で結核を患ったのをきっかけに台北帝国大学(現台湾大)医学部に進学し、呼吸器疾患の研究の道に進むことを決意。卒業後は同大附属医院内科で無給の副手として働き、日中は患者の検査や病状の追跡など臨床経験を積み、夜は研究に勤しんだ。だが、日本統治時代の医学教育体系で楊さんが昇進するのは難しく、戦後にようやく台湾に貢献する機会を得た。

1952年に鉱山の坑夫に対して大規模な胸部X線検査を実施し、仕事環境と疾病発生の関係を調査した台湾初の研究結果を発表したほか、1965年には結核治療を受ける金銭的余裕がない山地の先住民を救うために予防計画の実施を働きかけ、政府の支持を獲得した。

1984年に台大医院院長の職を退いた後、行くところはなくなったがまだ頭は働くと考え、当時草創期だった花蓮慈済医院(花蓮県)で指導を行うことに決めた楊さん。以来30年余りにわたり、花蓮に週1度赴いては若手医師や学生に胸部X線写真の判読の仕方を教えるという生活を続けている。来年には引退し、生活を楽しむ予定だという。

(張茗喧/編集:名切千絵)


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