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台湾出身日本兵の命救った海軍巡査隊大隊長 ゆかりの地で慰霊祭

2015/09/27 11:40
台湾出身日本兵の命救った海軍巡査隊大隊長  ゆかりの地で慰霊祭

(苗栗 27日 中央社)第2次世界大戦中の1945年2月23日、台湾出身の日本兵約500人を率いてフィリピン・マニラで守備任務に当たった海軍巡査隊、広枝音右衛門大隊長(享年40)の慰霊祭が26日、苗栗県南庄郷獅頭山にある勧化堂で行われ、日台各地から集まった有志ら約50人が広枝大隊長の死を悼んだ。

広枝大隊長は1905(明治38)年神奈川県出身。小学校教諭を経て日本統治下の台湾で警察官となり、現在の苗栗県が属していた新竹州内などで勤務した。

出征後は台湾出身の日本兵を指揮。連合軍と日本軍の間で激しい市街戦が展開されたマニラでは、戦局が不利になり別の隊が決死の突撃を行うようになると、「行けるところまで行け」との言葉を残して自決。小隊長だった劉維添さんらは仲間とともに投降し、無事に台湾へ生還した。

慰霊祭は劉さんら広枝大隊長を慕う元部下が1976年から開催。2007年には劉さん1人で挙行することもあったが、2008年からは事情を知った在台日本人の渡辺崇之さんらが中心となった日台の有志も参加するようになった。

この日は戦後70年の節目もあり、例年以上の有志らが参列。劉さんの長女の婿にあたる王銘文さんも駆けつけた。勧化堂の関係者は「広枝さんの位牌をお守りしているのは光栄なこと」と挨拶。渡辺さんは2013年の慰霊祭当日に亡くなった劉さんの意志を引き継ぎ、「今後もできる限り続けたい」としている。

(齊藤啓介)


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